ウルトラマラソンからわかる持久運動の効果
みなさんは“ウルトラマラソン”という競技をご存知でしょうか。通常のマラソン(42.195km)より長い距離を走る競技です。
普段から長距離走を行なっている人でなければ、大変過酷に思えるこのウルトラマラソンですが、意外にもこの数十年でウルトラレースに参加する人の数が激増しています。
興味深いことに、多くの心理学者が、ウルトラレースの参加者がレースを振り返って話す「時間の感覚が歪んで、マラソンが延々と果てしなく続き、いつまで経っても終わらないような苦しさ」は、辛いことや困難に突き当たり、心が落ち込みうつ的になった人の「時間が経つのがどんどん遅くなり、延々と果てしなく続くように思える」感覚に似ていると考えています。
さらに、ウルトラマラソンでの苦しさを耐え抜き完走した多くの人が、日常生活での困難に対して、その時の経験を活かし乗り越えることができるようになったと感じていることが分かっています。
今回の記事では、“ウルトラマラソンでの耐え難い辛さや困難な場面を、参加者はどのように乗り越えているのか”について見ながら、私たちは日常での困難や苦しい状況にどのように向き合っていったらよいかを考えていきます。
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先のことではなく「いまこの瞬間」に集中する選手たち
ウルトラレースの参加者たちが、苦痛や自信喪失や疲労をどのように乗り越えているのかを調査するため、メキシコのモンテレイで行なわれた「アイアンマン世界選手権大会」の選手たちを研究者が追跡しました。
選手たちの多くは、もっとも辛い局面では、先のことを考え不安に押しつぶされないように、目の前の1マイル、1歩といった「いまこの瞬間」に集中していたことが分かりました。
この苦しみが永遠に続くわけではない、と考え、喜びも苦しみもまじりあった「いまこの瞬間」を味わうことが、絶望せず希望を持ち続け、耐え抜くことにつながったと考えられます。
持久運動は体内の「マイオカイン」を増加させる
さらにこれを裏付けるように、ウルトラレース中の持続的な運動が、体内中の落ち込みや抑うつ感を減少させる物質「マイオカイン」を増加させることが研究調査により明らかになっています。
1995年にイェール大学医学大学院が行なった研究によると、ストレスにより脳内でマイトカインの1つ脳由来神経栄養因子(BDNF)が減少し、抗うつ剤の投与により増加することが明らかになりました。
そして徳島大学大学院が2016年に行なった研究調査により、3年間以上継続して運動を行なっている高齢者は、行なっていない高齢者と比較して有意にBDNFが増加していることが分かりました。
また、ハーバード大学の2012年の研究で、血中濃度が低いとうつ病リスクが高まり、高いとモチベーションが高くなるホルモン、イリシンが、3週間のフリーホイールランニングを行なわせたマウスで65%上昇したことが分かりました。
これらの研究結果から、長時間持久運動を続けるウルトラレースの参加者の体内では、気持ちの落ち込みや絶望感を防ぐ物質が大量に放出されていると考えることができます。
体を動かすこと、今この瞬間に集中することで日常の困難を乗り越える
ウルトラマラソンレースの参加者が、どのようにして苦しさや困難を乗り越えているのかを見てきました。
これらはウルトラレースに限らず、私たちの日常生活においても同じように考えることができそうです。
行き詰まった時には、気晴らしに外で体を動かしたり、先のことではなく今に集中することで、絶望することなく1歩1歩前進していきたいですね。
参考文献:ケリー・マクゴニガル「スタンフォード式 人生を変える運動の科学」 大和書房,2020年,p.245-274
Yale University School of Medicine「Regulation of BDNF and trkB mRNA in rat brain by chronic electroconvulsive seizure and antidepressant drug treatments」 Journal of Neuroscience,1995,p.7539-7547
Harvard Medical School「A PGC1α-dependent myokine that drives browning of white fat and thermogenesis」 Nature,2012,p.463-468
参考:早稲田大学スポーツ科学部「一過性の持久性運動が血中イリシン濃度に及ぼす影響」2013
徳島大学大学院 ソシオ ・ アーツ ・ アンド ・ サイエンス研究部「運動習慣のある高齢者におけるマイオカインの発現解析」2016